2018年09月13日

歴史の道

9月13日(木)

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木漏れ日の中、一筋に伸びる道。

町営キャンプ場からスキー場、豊前坊へと抜けるこの道は自然遊歩道としてハイカーが行き交っているが
元は耶馬溪、小国方面と英彦山を繋ぐ役割があった。

漂泊の俳人種田山頭火も、江戸時代に全国を歩いて初めて日本地図をあらわした伊能忠敬も、この道を
歩き英彦山を目指している。


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現在も日田から守実、薬師峠、豊前坊、鷹巣原高原(スキー場)、英彦山神宮へと続いており、
その昔は重要な生活道路であり参拝路でもあったことが偲ばれます。
江戸時代中期に整備された、その名残りをとどめている。

英彦山には、いろいろな道がある。
山伏が山内を駆け巡った行者道、峰入り古道、シカやイノシシが秘かに餌を求めて歩く獣道、人々が
通った参拝道、里では坊から坊へ網目のように繋がっている暮らしの道。
今では人の通りもなくなり、茂るに任せている道もある。

スキー場のススキの穂が、風になびく頃になってきた。
小さな秋を見つけに、この道を歩く人が増えてくるシーズン到来だ。

★ つれづれに一句

  風は秋 さらりと一句 成りしとき    yamahiko
    ・かぜはあき さらりといっく なりしとき
posted by yamahiko at 00:00| 史跡ご案内

2018年09月06日

雪舟さんの庭

9月6日(木)

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夏休みも終わり9月に入り、英彦山もひと時静かな日々となるこの頃。
近くの亀石坊庭園を歩くと、あれほど鳴き競っていた蝉の声も少しづつ遠くなり、今は虫の音が
聴かれるようになってきた。

室町時代の画僧・雪舟の作と伝わるこの庭、今は深い木々の緑一色だが秋深まる頃には紅葉に染まる。

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それにしても、暮らしの中に国指定名勝の古庭園が身近にあるという事も、英彦山棲まいならでは
かもしれませんね。

雪舟さんの庭、亀石坊庭園です。

★ つれづれに一句

  雪舟の 庭と伝へて 水澄めり   yamahiko
    ・せっしゅうの にわとつたえて みずすめり
posted by yamahiko at 01:41| 史跡ご案内

2018年06月11日

桧原山、長岩城址へ

6月11日(月)

先日は史跡巡りのお誘い、行き先は耶馬溪の桧原山(735Ⅿ)で豊前市のガイドボランティアの
会員さんが案内してくれるという。
ハイ、行きましょう〜となり、英彦山からはガイドの植田さんと新メンバーの友枝さんの3名が参加。

英彦山から野峠を下り守実を抜け、津民に入り集合場所の登山口駐車場まで約1時間20分で到着で、
この山は何回も来ているが、本当に英彦山のお隣さんという近場に感じる。
今日は勉強会だ、宜しくお願いします。

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その昔英彦山を頂点として、「英彦山六峰」と云われる山々があった。

求菩提山(豊前市)・松尾山(築上郡大平村)・福智山(北九州市)・蔵持山(京都郡犀川町)・
等覺寺(京都郡苅田町)・それに桧原山の六座を云います。
つまり英彦山の末山だったということで、当時の修験道遺構が色濃く遺されていると云う訳です。

梵字鳥居を潜り、歩き始める。

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石造りの宝塔などを見ながら登って行くと、正法寺本堂に出る。
587年釈正覚上人が犬ヶ岳に長福寺を創立し、その後に寺をこの地に移し、一寺を建立したのが
この山の開創。天平勝宝4年(752年)勅願所と定められ、以来山を桧原山、寺を正平寺と称するようになった。
ここの横から、山道に入り登って行く。

奇岩、大岩の連続で、どれも英彦山に共通する「気」のようなものを感じ、説明を聞くほどにその昔に
思いを深くするばかりです。
やがて奥の院に到着、三基の祠が祀られています。


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山頂で皆さんと集合写真。
ここから少し奥に入ると巨石が三体あり、さてこれは・・・。
太古の昔、神が降臨された地ではないだろうか・・などなど暫く想像を巡らせるが、史跡巡りは
こういう時間が面白いものです。
さて、周回コースを下ることにしよう。

下山するともう一か所近くの、「長岩城址」も案内してくれると云いこれは嬉しい。

長岩城は、川原口にある山岳城で、下毛郡の支配者であった豪族野中氏22代399年間の居城です。
初代城主野中重房が、建久9年(1198年)創築し、南北朝、戦国時代に増改築されました。天正16年(1588年)黒田長政の大軍に攻め落とされ、以後廃城となりました。
               (中津市公認観光サイトより)
以前NHKの大河ドラマ「軍司 官兵衛」が放映された折に、ブームとなった山城址でいつかは
訪ねてみたいと思っていたのです。
    
さて、国道212号から県道へ入り山国川を渡り永岩小学校方面を目指し、やがて小さな駐車場へ着く。
其処から杉林の中へ入り登り始めとなります。

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谷川に沿って一之城戸、二之城戸、三之城戸の3段構えで防備を固めていたその名残や、陣屋跡や馬場の
跡も見ながら進んで行く。
英彦山もそうだが山中の累々とした石の造形物は、そこだけ時が止まったような静けさを感じるもので
「つわものどもの、夢の跡」のように感じるものですね。

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途中イワタバコの葉が密集した大岩に立ち止まったり、これの花の時期はどんなに見事だろうと
思うが、さて去年の花ガラがないなぁ・・、等々賑やかしい事だ。

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ほぼ垂直のハシゴを登る、ここから先にある石積櫓「楕円型砲座」は石造の櫓としても、構造的にも
全国に類例を見ない貴重なものだというが、そこへ行くにはもう時間がない。
ここで終わりにしよう〜〜となって、あぁ残念。

予備知識も何もなくて来てしまったがこれで終わらせては勿体ない、次は下調べを充分して来なくては!
そう思わせる、長岩城址でした。
皆さんお世話になりました、有り難うございました。

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帰りに相の原林道から見た、英彦山の北岳と刈叉山。

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先日取材を受けた、私達の「添田町観光ガイドの会」。
毎日新聞と西日本新聞に掲載されました、有り難うございました。
posted by yamahiko at 03:28| 史跡ご案内