2020年05月27日

橿原神社の三日月池

5月27日(水)

・写真をクリックすると、拡大されます。

P5250022.JPG

観光客も地元の人も、あまり通らない道沿いに三日月池はある。
いつも静かな水面で周囲の木立を写し込み、これからの季節は涼しさを誘う。

辺りは橿原神社の神域で、いつも人気はなく鎮まり返っている。
広場には橿原神社があり、奥には自然石の大きな板碑が建っています。

橿原神社 は、江戸時代までは惣持院という寺で、山伏の守護神である不動明王をまつり、
山伏の信仰が厚かった。
三日月池は、惣持院の庭園という事になりますね。

★ つれづれに一句

  涼しさは 木立を抜ける 水面より   yamahiko
    ・すずしさは こだちをぬける みなもより




posted by yamahiko at 20:44| 史跡ご案内

2020年03月20日

静けさの中に、玉屋神社

3月20日(金)

・写真をクリックすると、拡大されます。

P3200001.JPG

今日は連休初日でもあるし、朝からよく晴れましたね。
玉屋谷、玉屋神社の方へ歩いてきました、山頂を目指さない山歩きです。


P3200006_collage.jpg

智室谷を通過して、今日はそのまま直進する。
暫く行くと川を渡るが、掛かっている橋は腐ってグラグラしているので、石伝いに渡る。
南岳へ通じるこの道は、健脚コースと云うこともあり登山者も少なくひっそりとしたものだが
アップダウンもあり変化に富み、面白いコースだと思う。

白岳への分岐点を過ぎたら、杉木立の中に入るがここは間伐もされていて、整然としており
好い具合に陽が差し込み快適に歩ける。


P3200010.JPG

振り返ると正面コースの稜線、空が青いな。
やがて、玉屋神社に到着。

P3200034.JPG

まだ「修験道」などと云言葉もなかった昔々。
玉屋神社の始まりは「般若窟」と云われ、英彦山の開山伝説にも登場し、霊山英彦山の歴史は
ここに始まったと云ってもいい程の聖地です。


P3200021.JPG

社の中に湧き出る水は日本三霊水の一つとされ、毎年「御池神事」が執り行われ樹齢を
重ねた木立に囲まれ、時間が止まった様な深い霊気があり、やはりここは今でも特別な
場であるようです。

P3200030.JPG

鬼神社。

P3200032.JPG

石清水。

そしてこの一帯は玉屋谷と云われ、その昔は山伏が棲みつき、坊舎が建ち並び集落が出来て、
今でもその名残を見る事が出来る。

P3200041.JPG

ここで一休み、本日の山のお供はこれ。

帰りは林道へ抜け、国道を歩くことにしよう。

P3200051.JPG


P3200052.JPG

大南林道へ出てきました。
ここから渓谷沿いに上がると、鬼杉への登山口です。

P3200053.JPG


P3200058.JPG

国道を歩き、銅鳥居へ帰ってきました。
今日は南岳側の麓をグルリと周回しました。

山路の花たち。

P3200069.JPG


P3200070_collage.jpg

サバノオ、沢山咲いていたよ。

P3200071.JPG

サツマイナモリ。

お疲れさまでした。




















posted by yamahiko at 21:09| 史跡ご案内

2020年03月14日

山国町の三所神社へ

3月14日(土)

昨日の続きのようになりますが、耶馬溪の帰りに立ち寄った山国町守実の「三所神社」の
お話をさせてください。

山国町は、山国川最上流に位置する渓流の町。
その源流となるのが英彦山であり、信仰の地としてもその影響を色濃く受け、また、古くからの
交通の要衝としても賑わいをみせた。
 
中津市山国支所ホームページより抜粋。
「山国」という地名が初めて文献に登場したのは、西暦713年の「豊前風土記」中です。
「高瀬川(現在の山国川)は下毛の奥なる山の国より流れ出で、その源は彦山の東より出る
大川なり。この川に沿って登れば山国谷に至る。この谷深くして村里多く風景宜しき処なり。」
と、記載されています。

その守実にある三所神社は、英彦山の神領へ立ち入る起点となる地域に設けられた、
「大行事社」としての役割がその起源です。

・写真をクリックすると、拡大されます。

P3120078.JPG

P3120079_collage.jpg

明治期の英彦山の座主、「高千穂信麿」の名が刻まれた鳥居を潜り参道を登って行こう。
この「三所」というのは、英彦山三所権現を由来としているような気がするが、さて
どうだろうか。
両側はのどかな田んぼの風景が広がる参道を、緩やかに登ってゆく。

P3120087.JPG

神仏習合の名残り、鐘楼を見ながら登る。
これも、英彦山と同じ景色だ。

P3120088.JPG

二の鳥居、更に登る。

P3120089.JPG

P3120090_collage.jpg

神社の、本殿に到着。
創建は南北朝時代以前といわれており、新嘗祭は秋の収穫の報告とお礼を行うお祭りで、春の
記念祭と対をなす祭礼として、毎年12月2日には地域の人がその伝統を守り、現在に伝えられて
いると云います。
辺りの苔まみれの石塔・石仏などに、その歳月を偲ぶばかりです。

この神社にはガイドの勉強会などでも何回か来ており、本当は境内の鳥居から更に山中を登れば
奥宮へ行けるのだが、今回はここまでとしました。
有り難うございました。

〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜

P1770903.JPG

P1770922.JPG

今日の天候は激変、昼には雹がパラパラと降り叉ピタリと止んだり。
季節の変わり目の空模様は、不安定ですね。













 
posted by yamahiko at 20:46| 史跡ご案内