2020年09月02日

草千里へ

9月2日(水)

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吹く風に秋を感じる頃になると、阿蘇を目指したくなるもので、先日は草千里周辺を
歩いてきました。
中岳の噴煙は少し治まっているようで、空の雲と区別が出来ないほどですね。

草千里の池は今は夏枯れですが、雨後ともなると水を湛えてここの象徴のような景色になる。
そしてこの池は、英彦山の歴史の伝承地として登場しているのです。

話はこうだ。
1213年の奥書きを持つ、「彦山流記」によると・・・。
まだ彦山と称されていた草創期の頃、木練上人という修行者がいた。
英彦山の玉屋窟(現玉屋神社)で千日修行した後、九州の山々を歩き、阿蘇に至ったという。

阿蘇に着くと、そこには「八功徳水の池」が、美しく澄んでいた。
木練はそこで荒行を重ね、ある時は捨てきれぬ煩悩に苦しみながら、阿蘇山の仏である「十一面観音」を
体得して、悟りの境地に至ったそうな。

木練上人が修行した「八功徳水」の池が、現在の草千里の池であろうと言われています。

今も昔も変わらず噴煙を上げる阿蘇山は、荒行の場として語られるのに、適していたのかも知れない。
そして当時の英彦山は、信仰の山として発展を遂げていた頃で、窟修行などが盛んになり、その代表各
として木練上人の伝承が挙げられたのだろう。

★ つれづれに一句

  語り継ぐ 峰を遥かに 風は秋   yamahiko
   ・かたりつぐ みねをはるかに かぜはあき



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さてここから九重の方へグルリと廻り、初秋の一日を遊びました。



posted by yamahiko at 14:59| 史跡ご案内

2020年07月07日

不動窟から、十六羅漢へ

7月7日(火)

梅雨末期は大荒れになるのは毎年の事ながら、昨日からの大雨とその甚大な被害には
言葉を失う。
被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます

英彦山も降り続く雨にただ家に籠り、やり過ごすしかない時間を耐えていました。
家の周囲も山水が溢れ一時はどうなる事かと案じましたが、少し落ち着いてきたようで
ようやくブログを書く気持ちの余裕も出てきました。

一昨日の「不動窟へ」の続き、十六羅漢へ行きます。

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急な山道を綱を頼りによじ登ると、小高い岩場に出る。
そそり立つ岩を背景にして、石仏が整然と並ぶこの景色はあまり知られていない。

手前の「西谷公園」と刻まれた碑には、昭和六年・・・とある。

不動明王、大師像、十三仏が並び、奥の懸崖造りの下に十六羅漢が鎮座している。


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英彦山には石仏が多いがどれも明治の廃仏毀釈の難に遭い、首がなかったり
どこかが欠けていたりする。
その中にあってここの石仏たちは、全体像がよくも遺っているものだと思う。


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今は訪れる人も少なくひっそりと鎮まり返っているが、山伏達がこの一帯で修行を積み
坊舎を構えたその昔を思う。

木立の遠くに花見ヶ岩が見えている、この眺めは昔も変わらないものだろうか。


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岩あれば祠あり。
昔を今にちょっとタイムスリップしたような、不動窟とその周辺です。

★ つれづれに一句

  夏木立 山は謎秘め 歴史秘め   yamahiko
   ・なつこだち やまはなぞひめ れきしひめ




  







posted by yamahiko at 22:07| 史跡ご案内

2020年07月05日

不動窟へ

7月5日(日)

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英彦山の山内やかつての神領には、山伏の修行窟が点在しており、登山者には智室窟や
二戸窟、大南窟などがお馴染みだが、「不動窟」は近くにありながらあまり知られていない。

久し振りに行ってみると、やはり重々しく少し暗い一帯の雰囲気は変わることなく、これも
人目にさらされることなく、時間を刻んでいるからかも知れない。

そしてこの不動窟は、豊前国三十三観音霊場の三十三番札所「鳥尾寺(鳥尾神社)としても
信仰され今に至っています。

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銅鳥居から国道に出てしゃくなげ荘の方向へしばらく歩くと、「十六羅漢、下佛来不動明王」の
看板があるので、そのまま山沿いに小路を登って行く。

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細く暗い径を進みながら初めての人は、本当にここで間違いないのかと心細くなるかも
知れないが、やがて石垣が現れ山伏の坊舎跡だと思われる。
「鳥尾神社 下佛来不動尊参拝口」の、半分朽ちた道標の横から石段を上ると到着だ。


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岩壁を四角にくり抜いて板戸の入り口があり、注連縄が張られている。
見上げると、寺社の屋根を模した形が岩に彫り込まれており、造営された当時の並々ならぬ
山伏達の思いを今に伝えている。
内部を窺うと板の間になっており、正面奥に不動尊の座像が祀られて整然と片付けられ、今でも
遠くからの参拝者があることが分かる。

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お堂の左には大きく裂けた岩があり、石清水がポタポタと垂れるその奥に小さな
祠が祀られ、更にその左側に石祠が整然と彫り込まれている。

かなりゆっくりしていたが、誰も来ることはなく鳥の声一つも聞こえないし、爽やかに風が
吹き抜けるわけでもなく、一帯は少し湿り気を帯びたような重たい空気が漂う。
かと思うと国道の方から、車やどこかで工事をやっているのか重機の音がかすかに響いてきて、
現実に引き戻される。

現実に引き戻されたところで、十六羅漢の方へ行ってみよう。
続きます。










posted by yamahiko at 20:59| 史跡ご案内