2022年10月06日

ススキの撮影、ご案内へ

10月6日(木)

・写真をクリックすると、拡大されます。

PA060044.JPG

英彦山に秋本番を告げる鷹巣原高原のススキが見頃となり、今日はRKBテレビの
カメラマンをご案内しました。
先日のFBSテレビに続き、取材の同行です。

朝からの曇り空で撮影の具合が心配されましたが、そこはプロの技で風になびく
ススキの大海原を見事に捉えていた。

PA060002.JPG

PA060006.JPG

夕方のニュースのコーナーで、放映されました。

★ つれづれに一句

  風が波 波が風呼ぶ 芒原   yamahiko
    ・かぜがなみ なみがかぜよぶ すすきはら


PA060010.JPG

始まっている紅葉もチラリと紹介して戴き、有難うございました。
これからの、紅葉情報も宜しくお願い致します。






posted by yamahiko at 20:45| ガイド

2022年07月30日

研修会へ

7月30日(土)

今日は久し振りにガイドの会の研修会で、山国町から日田市へ英彦山ゆかりの
地へ向かいました。
まずは野峠を下り、毛谷村六助の伝承地へ。

・写真をクリックすると、拡大されます。

P7300001.JPG

P7300009.JPG

P7300013.JPG

六助の墓を訪ねて、私設「毛谷村六助資料館」で資料を見学し故事来歴など、館長さんの
丁寧な説明を受ける。

彦山権現に祈願してこの毛谷村に住む夫婦に授かった六助は、力持ちで親孝行だったそうな。
彦山豊前坊で天狗から剣術を授けられたともいわれ、成人した六助は、加藤清正の家臣となり、
名を貴田(木田)孫兵衛と改め、文禄の役の際には、各地で功を立てたという。
彼の名が人々に知られるようになったのは、『彦山権現誓助剣』(18世紀末)という仇討ちを
物語とした歌舞伎によってである。

武勇伝あり仇討の助っ人もありの、波乱の生涯を送った伝説の人毛谷村六助の墓は、集落の
中ほどにあり、近くには駐車場や案内板も整備されている。
歌舞伎にもその名を残し古里の誇りとして伝承され、英彦山の験力と共にこれからも
語り継がれる毛谷村六助です。

P7300018.JPG

P7300017.JPG

山国町守実の、三所権現。

山国町は、山国川最上流に位置する渓流の町。
その源流となるのが英彦山であり、信仰の地としてもその影響を色濃く受け、また、古くからの
交通の要衝としても賑わいをみせた。
 
中津市山国支所ホームページより抜粋。
「山国」という地名が初めて文献に登場したのは、西暦713年の「豊前風土記」中です。
「高瀬川(現在の山国川)は下毛の奥なる山の国より流れ出で、その源は彦山の東より出る
大川なり。この川に沿って登れば山国谷に至る。この谷深くして村里多く風景宜しき処なり。」
と、記載されています。

その守実にある三所権現は、英彦山の神領へ立ち入る起点となる地域に設けられた、
「大行事社」としての役割がその起源です。

明治期の英彦山の座主、「高千穂信麿」の名が刻まれた鳥居の奥に緩やかな参道が続いている。

P7300031.JPG

P7300025.JPG

P7300030.JPG

日田市の、咸宜園へ。
江戸時代後期に生まれた儒学者・廣瀬淡窓が豊後・日田に開いた私塾(学校)です。

元来英彦山は向学心に篤い土地柄で、室町時代にはすでに、四王寺と云う学問所があり、
近在の子弟が通っていたようで、そのうちの一人の少年を題材とした謡曲「花月」が
世阿弥元清により世に出されている。
四王寺があったという谷は、氷瀑の四王寺滝ですっかりお馴染みですね。

山伏の階級にも修験道の教義だけでなく、さまざまな分野の学問専門職があったと云い、
修行だけに明け暮れていたわけではなかった。

時代を経て、江戸後期の詩人、儒学者であった広瀬淡窓が現在の日田市に起こした私塾
咸宜園にも英彦山山伏の子弟が学んでいる。
淡窓の弟子、長梅外・三州親子が英彦山に私塾を設けたのもこの頃で、その跡が参道の中程にある。
山伏は人々の指導者の立場でもあったので、心身の鍛錬を怠らずに続けられたということになる。

内部見学の後、当時の塾内での子弟たちの暮らしぶりや、厳しくも熱気に満ちていた学習内容などを
拝聴し、時間はアッという間に過ぎた。

お世話になった方々、有難うございました。
有意義な研修会になりました。








posted by yamahiko at 21:43| ガイド

2022年07月02日

再生成りし、守静坊

7月2日(土)

・写真をクリックすると、拡大されます。

P7020030.JPG

昨年10月から始まった守静坊の、再生・修復工事が終わり、その完成式が行われ
私どもガイドの会も参加させていただきました。
関係者を招いての、再生成りしお披露目会という訳ですね。

P7020049.JPG

P7020018.JPG

P7020025.JPG

いつもは枝垂れ桜の時期に通う守静坊ですが、今日は賑やかに人が集う。
再生作業に関わった職人さんや、守静坊の元の主である故長野學先生と親しかった人達、
そして私達ガイドの会のように、微力ながらも作業に加勢した人達など約90名の参加者だ。

この再生プロジェクトの主催者である徳積財団の野見山氏から、この日までの経緯報告や、
これからの思いなどを熱く語られ、この坊に滞在するエバレットブラウン氏が見事な法螺貝の
音を披露された。

プロジェクトの経緯などは、こちらをご覧ください。

https://www.tokutsumi.or.jp/news/845.html
https://www.tokutsumi.or.jp/news/869.html

P7020026.JPG

P7020006.JPG

P7020001.JPG

P7020046.JPG

後半は坊舎内の自由見学や軽食のふるまいもあり、皆さん三々五々にこの
空間を自由に過ごすことに。

好い時間を戴きました、有難うございました。
そして、この守静坊に新たに時が流れ始め人の輪ができて、どのような
物語が紡がれてゆくのか見守りたい。

★ つれづれに一句

  志 篤く山風 涼しかり   yamahiko
    ・こころざし あつくやまかぜ すずしかり


  









posted by yamahiko at 22:13| ガイド