2020年03月16日

花見ヶ岩から

3月16日(月)

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本日2回目の更新です。
昼前から急に晴れて来た、こんな時は花見ヶ岩に登らねば。
まったく予想をしていなかった今朝の雪、これが今季最後かも知れないのでね。

やはり、青空の下で見る雪景色は最高でした。

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山の方を見ると、大きな雲の流れも。

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眼下には、英彦山集落。

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障子ヶ岳方面。

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朝倉方面の稜線は、雲に覆われて。

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青空が嬉しく、思わず撮りたくなってしまうよね。
日差しに気温が上がりたちまち溶け始めてしまい、これも春の雪らしい。

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テレビ局の、撮影も来ていた。

夕方のニュースコーナーで、この雪景色が放映されました。

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FBSテレビ。

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NHKテレビ。

有り難うございました。






















posted by yamahiko at 20:21| 雪景色

名残り雪の朝に

3月16日(月)

おはようございます。
一夜にして雪・雪・雪の、英彦山になりました。

とりあえず家の周囲をグルリと撮ってきましたが、今日はもう一回
更新できたらな、と思っています。

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まだ、誰にも踏まれていない雪。

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咲き始めているミツマタにも。
フワフワだ。

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シャクナゲにも。
これで雪が止んで、青空が広がったらどんなに奇麗だろうか。

★ つれづれに一句

   咲き急ぐ 花の数多に 名残り雪   yamahiko
      ・さきいそぐ はなのあまたに なごりゆき




posted by yamahiko at 09:11| 雪景色

2020年03月15日

再開します

3月15日(日)

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12月から冬季閉館していた財蔵坊、今月28日(土)から一般公開を
再開します。
今日はガイドメンバーが集合してそれに向けての準備、大掃除を頑張りましたよ。

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一冬閉めていたので部屋の中から外まで、皆で片付けやら拭いたり掃いたりの
一日仕事になりましたが、これで準備完了です。
これからの公開日は、土・日・祝日、10時〜15時、となります。

そして、今日は英彦山神宮の御田祭も行われました。

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田畑の農作業が始まる前の、五穀豊穣を祈念する神事です。

★ つれづれに一句

  霊山の 古式を守りて 御田祭   yamahiko
    ・れいざんの こしきをもりて おんたさい

英彦山の本格的な春到来への、一歩が始まりました。

  















posted by yamahiko at 21:53| 財蔵坊日記

2020年03月14日

山国町の三所神社へ

3月14日(土)

昨日の続きのようになりますが、耶馬溪の帰りに立ち寄った山国町守実の「三所神社」の
お話をさせてください。

山国町は、山国川最上流に位置する渓流の町。
その源流となるのが英彦山であり、信仰の地としてもその影響を色濃く受け、また、古くからの
交通の要衝としても賑わいをみせた。
 
中津市山国支所ホームページより抜粋。
「山国」という地名が初めて文献に登場したのは、西暦713年の「豊前風土記」中です。
「高瀬川(現在の山国川)は下毛の奥なる山の国より流れ出で、その源は彦山の東より出る
大川なり。この川に沿って登れば山国谷に至る。この谷深くして村里多く風景宜しき処なり。」
と、記載されています。

その守実にある三所神社は、英彦山の神領へ立ち入る起点となる地域に設けられた、
「大行事社」としての役割がその起源です。

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明治期の英彦山の座主、「高千穂信麿」の名が刻まれた鳥居を潜り参道を登って行こう。
この「三所」というのは、英彦山三所権現を由来としているような気がするが、さて
どうだろうか。
両側はのどかな田んぼの風景が広がる参道を、緩やかに登ってゆく。

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神仏習合の名残り、鐘楼を見ながら登る。
これも、英彦山と同じ景色だ。

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二の鳥居、更に登る。

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神社の、本殿に到着。
創建は南北朝時代以前といわれており、新嘗祭は秋の収穫の報告とお礼を行うお祭りで、春の
記念祭と対をなす祭礼として、毎年12月2日には地域の人がその伝統を守り、現在に伝えられて
いると云います。
辺りの苔まみれの石塔・石仏などに、その歳月を偲ぶばかりです。

この神社にはガイドの勉強会などでも何回か来ており、本当は境内の鳥居から更に山中を登れば
奥宮へ行けるのだが、今回はここまでとしました。
有り難うございました。

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今日の天候は激変、昼には雹がパラパラと降り叉ピタリと止んだり。
季節の変わり目の空模様は、不安定ですね。













 
posted by yamahiko at 20:46| 史跡ご案内

2020年03月13日

耶馬溪の競秀峰へ

3月13日(土)

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先日英彦山の智室窟へ行ったので、史跡巡りがしたくなり耶馬溪の競秀峰へ。

ここは菊池寛の小説「恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)」のモデルとなった
「青の洞門」が有名なスポットです。
かつては難所で遭難者が絶えなかったこの地を、江戸時代の僧・禅海はノミと槌だけを使って
岩壁を掘り、30年もの歳月を経て貫通させたという。

そこに聳える奇岩の景勝はただ眺めていては、その真贋は分からない。
一歩その中に足を踏み入れると、時間が止まったような世界に引き込まれた思いになり、
最近はパワースポットとしても人気を集めているという。
登り口は3ヵ所あるが、今回は洞門橋側から取り付くことにしよう。

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ノミの跡が残る洞門を少し歩き取り付くと、たちまち様相は変わり森閑とした林の中となるが
標識も整えられて安心して進めば好い。
岩場伝いの細い径も、踏みしめられている。

妙見窟に到着。

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妙見窟はこの一帯の中心的な行場であったらしく、かなりの広さで一角にある「妙見宮」には
妙見菩薩が3体、男女神像2体、如来立像が1体安置されて、平安時代のものと伝わる。
耶馬渓の羅漢寺を中心にした信仰圏の一つが、ここ競秀峰であり修行者だけではなく、人々も
通った聖域です。

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山水が染み出した谷々には、サツマイナモリが群生している。

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清水洞。
今でもコンコンと清水を湛えておりこういう場に立つと、信仰者でなくても神妙な気持ちに
なるもので、長年の風雪に耐え、人々の思いが込められているような、英彦山の窟にもある
「気」を感じる。

その昔豊前地方には「宇佐・羅漢・彦・求菩」という言葉があり、それぞれを参拝して、
後生の安泰を願ったという民間信仰です。
その中の耶馬渓の羅漢寺を中心にした信仰圏の一つが、ここ競秀峰であり修行者だけではなく
人々も通ったことだろう。

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陣の岩を目指して、どんどん進もう。
鎖がしっかりと取り付けてあり、標識も目立つので初心者にも歩き易いはずだが、万全の注意で
進む岩場もあり、特に雨上がりなどは気を付けないといけないだろう。

「三陣の洞」を見ながら小休止、そして最後は鎖場を登り切ると「陣の岩」に到着。

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見晴らしが良いですね、ゲンカイツツジはまだ蕾。

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眼下には、青の洞門と山国川が広がる。

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山国川上流を見る、遥か奥にはこの流れの母なる山・英彦山です。

★ つれづれに一句

  見えざりし 母なる山を 望む春   yamahiko
    ・みえざりし ははなるやまを のぞむはる


さて帰りは、弘法寺の方へ下ることにしよう。

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下山すると、里の花たちが出迎えてくれた。
お疲れさまでした。






















posted by yamahiko at 20:46| 山行記録