2019年10月09日

「秋の英彦山参詣古道散策」・参加者募集

      10月9日(水)

秋風の頃になると、野歩きや山歩きが楽しくなり、どこかへ行きたくなる。
英彦山の史跡を訪ねて、ゆっくり里山歩きをしてみませんか。

添田町観光ガイドの会主催・「秋の英彦山参詣古道散策」参加者募集のお知らせです。

写真をクリックすると、拡大されます。

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西日本新聞、本日の朝刊より。

募集要項など、詳細はこちらからどうぞ。
https://www.town.soeda.fukuoka.jp/docs/2019042200024/

当日のコースの一部を紹介すると、「雲母坂・きららさか」。
雲母坂は、英彦山参拝道の「日田道」の一角で、日田から東峰村を通り、貝吹峠を越え、この石畳を
歩き、英彦山へと入ってきた。
参詣の起点となる、重要な場所でもありました。

雲母坂.jpg

歩いてみるとよくわかるが、表参道のゴツゴツした感じと違い、丸くてツルツルしている。
参道の石は山から切り出したもの、雲母坂の石は近くの祓い川から運んだものだと云い、
江戸時代末期に英彦山信仰に篤かった佐賀の有志が施工したと記録にある。

そして江戸時代末期に日本地図を表わした、伊能忠敬も英彦山に滞在し、この道を通り
小倉へと向かった。

人々は山を越え谷を越え、遥かに英彦山を目指した。
人々の思いと手の掛かった、いにしえを今に伝える祈りの道「雲母坂」です。

「雲母坂」から、「唐ヶ谷・がらがたに」へと進みます。
唐ヶ谷の起源について、こんな話が伝わっています。

話は遡って平安時代中期、琴の名手である李氏が「唐」より渡来してこの地に屋敷を
構えたそうな。
その評判を聞いた時の帝宇多天皇は、女官石川色子を遣わしてその秘曲を伝授させたといい、
後に都に帰ったが、これが十三弦の筑紫琴の始まりであると云われています。
唐人が棲んでいたということで、後の世になってこの地を唐ヶ谷(がらがたに)と
呼ぶようになった。
観光コースから外れた、隠れ里「唐ヶ谷」です。

いつもとはチョット違う、ディープな英彦山を訪ねてみませんか。
皆さんのご参加をお待ちしております。




posted by yamahiko at 20:40| イベントのお知らせ